三城物語にみる利常公の生涯

1.文禄二年癸巳(1593)十一月二十五日 

    利常公 金澤城にてご誕生

生後まもなく前田長種(利家公の長女幸の夫)に預けられる。

 文禄四年(1595)秋 利長公新川郡を増賜さる。

慶長二年(1597)月利長公 守山城から富山城に移る

(守山は高き山城にて御不自由とて越中富山城に移る)

2.守山城代前田長種のもとで利常公(五歳)は守山城に在城

慶長三年戊戌(1598)三月下旬利家公(還暦)。この年、上州草津温泉入湯の途中今石動に宿した時に猿千代君(利常公の幼名)と初対面。

(脇の下から手を入れ背をなでた利家公が「早くもふとりたるかな」と喜んだという逸話有り)(「加賀藩史料編」、「前田利常略伝」)

  守山城は山頂にある山城であり冬期間は厳寒厳風の地である、このような厳しき環境下で幼年期をすくすくと成長された資質の高さを利家公が愛でられ、後年、特に選ばれて後継になられたことの背景の一端が理解しえます。

3.慶長五年(1600)九月 利長公は小松城主丹羽長重と和、猿千代君(八歳)は小松城にて人質となる加賀藩歴代藩主中ただ一人人質を経験

十月 丹羽長重は封を失う、前田長種は小松城代となる。

4.慶長六年(1601)九月 猿千代君(九歳)は、 金澤城に入、

犬千代と改める、将軍秀忠の次女珠姫(三歳)の入輿。

  慶長十年(1605)四月 徳川秀忠 将軍となる。

  同年六月 利長公は致仕、利常公は十三歳で封を嗣ぐ。

寛永十六年(1639)月 利常公は四十七歳にて致仕。

5.寛永十七年(1640)月五日  利常公 小松城入城と伝。

万治元年(1658)月十二日 利常公,六十六歳にて小松城にて薨ず。